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zoom RSS 上海に移動してきました

<<   作成日時 : 2016/10/12 07:34   >>

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寧波から上海に移動しました。ランディングギアのタイヤが寧波空港の滑走路から離れてから、上海空港に着地するまでちょうど30分でした。こんなに短いフライトは初経験でした。
今回は上海庶民生活の写真を紹介します。
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1930年代から40年代の上海の高級ナイトクラブ「百楽門」です。今朝行ってみたら改装中でした。
ヨーロッパ人、中国人、日本人のセレブが集まり、満州のプレイボーイ、張学良もよく遊びに来たとのことです。ここを舞台に「歴史は夜つくられる」の事例はたくさんあったんでしょうね。
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日本ではFM補完中継局(FM化AM放送)の周波数はアナログTV放送の1ch相当(90MHz以上)なので、昔の日本のFMラジオではその周波数を受信できませんので、中国で売っているラジオを買いました。FMは108MHzまで受信可能なもので80元(1300円)と格安でした。
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上海の外灘は、20世紀初頭の古典建築が保存されていて有名ですが、一本中に入った道にも味のあるビルがたくさんあります。添付写真は1914年建造の三菱洋行上海分店ビルです。 三菱商事の前身の会社ですが、今から102年前に上海に支店ビルを建造していたのですね。 掲示されている説明文によると設計者は福井房一とのことです。
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人民広場は、戦前は競馬場だった場所を公園にしたところで、1Km x 500m位の広い公園です。
門から入ってすぐのところでオジサン、オバサンたちが傘を売っているような光景に出くわしました。営業活動は禁止されているはずだが・・・と思って、傘に貼り付けられている紙片の内容を読みました。なんと、私設結婚相談所なんですね。
毎日やっているわけではないでしょうが、世話好きなオジサン、オバサンたちが自然発生的に日曜の午後、ここに集まるようになったんでしょうか。中国も結婚相手を探すのは簡単ではないのでしょうね。
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「スマロ」と言うのは現在の福州路です。大ヒットした歌謡曲「上海帰りのリル」にも歌われていますが、戦前は有名な娼館街だったところです。福州路を歩いてみましたら娼館の面影を残す建物が並んでいました。詳しい訪問記を見つけましたので以下にリンクします。
http://d.hatena.ne.jp/ekobiiki888/20140306/1394114141
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光ファイバーケーブルの余長をカットせずに束ねてぶら下げていました。
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道ばたの塀に大きな掲示が貼られていました。1940年8月に、周恩来が上海に来て「秘密放送局をこの付近の黄陂南路の民家の三階に設置したと書かれていました。ここから中国革命を呼びかけるアングラ放送をしたのでしょうね。
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今回のフライトは中国で初めてのLCC会社である「春秋航空」を使いました。関東地方からは茨城空港発着になりますが、そのデメリットに打ち勝つ大きなメリットがあります。
*東京駅から高速バスで1時間半で行けます。バス代は、わずか500円です。

東京駅から成田までのリムジンバスは1時間かかりますので30分しか違いません。茨城空港ならバス代は激安です。
*春秋航空のフライト料金は、季節によって変動しますが、今回の私のフライトは、国慶節の連休をうまくスリ抜け、茨城・上海の運賃は18,000円(往復)でした。

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