中国南方旅行

2月21日~3月5日、中国南方を旅行してきました。 今回は、成田から香港に飛び、バスで移動/越境し、広東省珠海のホテルにチェックインしました。「港珠澳大橋」を走行中、車窓から撮影しました。単なる高速道路の走行風景のように見えますが、世界最長の50Km以上にわたる海上の長大橋です。
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夕食は近所の食堂で「ビャンビャン麺」と水餃子を食べました。<ビャンビャン>という漢字は難しくて日本語PCでは打ち出すことができません。陝西省名物の幅が5cmくらいの平べったい「きしめん」のような麺です。ダシは汁が少なく「唐辛子ペースト」にまぶして食べます。
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街に出たら「セルフ食堂(自助餐)」を見つけました。学食/社食を思い出させました。
これで31元(約500円)です。中国人の平均的な収入は日本には追いつけていませんが、食費(物価)が安いので生活実感としては、日本の庶民と同じ生活レベルをエンジョイしていると感じました。

 *豚の耳のスライス
 *ピータン
 *魚の切り身のボイル
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この食堂の支払いは、「スマホ決済」で行いました。
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次の訪問地の広州市まで中国新幹線で移動しました。新幹線と言ってもローカル線なので8両編成、最高時速も200Km/Hの列車編成(CRH6A)が使われていました。
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次の訪問地は東莞市虎門です。1840年の「アヘン戦争」の古戦場です。砲台跡地には博物館があります。
入館してまず驚いたのは、当時のインド製アヘンの中国への流入量が半端でなかったことです。イギリスは、ケシの大産地であるインドに大工場を建設し、産品を中国に輸送し対価として莫大な銀を中国から得ていました。中国当局はアヘンの害毒に気づき、取り締まりを強化しましたが、イギリスは<それが気にくわない>との理由でアヘン戦争が勃発しました。当時、中国では国産の大砲を作って配備していましたが、イギリスのハイテク軍隊には太刀打ちできず、敗退し、屈辱的な【南京条約】を締結させられました。
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次の訪問地の深センまでは新幹線で移動しました。この路線は幹線です。車両形式はCR400AFで、その名のように時速400Km/h出すことができるそうです。車内に速度表示が出ますが、今日乗った区間での最高は309Km/hでした。 反対側ホームに停車した車両の台車を見たら、ヨー・ダンパーが2個付いた、日本では見慣れない形状の台車でした。ホテルで調べたらカナダのボンバルディア社と技術提携した車両でした。
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深センでは、スマホ決済とレンタル自転車が当たり前でした。
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日本では売っていない「ライチ・ジュース」、美味しいです。
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手作り真空管アンプを売っている葉さんお店でツーショットしました。私が手を乗せているのはWE212シングルアンプで約110万円です。 背後に写っているのはWE212プッシュで、約800万円です。
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深セン市は世界で始めて公共交通のバス、タクシーを全面的にEV化した都市です。トヨタも中国に開発研究所を持っていますので、トヨタのEVの中国発売は日本よりも先になるかもしれませんね。
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ホテルの隣に不動産屋がありました。ガラス窓越しに中古の高層マンションの売り出しががありました。
 1㎡当たりの価格=38,784.1元
 面積=58.42㎡
日本円に換算すると3,800万円くらいになります。 中古の58㎡のマンションがこの値段ですと、日本よりも高いのではないでしょうか。
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中国旅行の楽しみの一つは<B級グルメ>です。ふらりと入った個人経営のレストランで、初めて見るメニューがあったので注文しました。《毛家紅焼肉》です。私なりに翻訳すると以下になります。
 毛家 ⇒ 毛沢東の家庭料理
 紅焼 ⇒ 醤油で味付して中華鍋で炒める料理法の一般名詞です
 肉 ⇒ 肉の種類が書いてありませんが、毛沢東が好んだのは豚の三枚肉です

毛沢東の出身地は湖南省です。湖南省料理は中国でも人気があり、<湘菜>と書いてあるレストランは湖南料理の店で、メニューには必ず《毛氏紅焼肉》が記載されています。こちらは『家』の字ではなく『氏』になっています。
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深セン市役所近くの「蓮花山公園」に行ってきました。ウィークデーということもあり若者は少なかったです。広大な面積の公園で、凧あげを楽しむ年配者の写真を撮りました。
深センは40年前に中国初の経済特区になりました。それ以前は、鉄道駅の前に食堂が2軒あるだけの寂れた漁村だったそうです。この40年の間、「爆速」を続け、今や人口1400万人の大都会になりました。凧をあげているオジサンもこの40年で生活が豊かになったことを実感していることでしょう。
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