九州ドライブ旅行

7月19日~23日、九州西岸をレンタカーでドライブ旅行してきました。

 7月19日 成田 ⇒ 佐賀空港 佐賀市泊
 7月20日 佐賀市 ⇒ 大牟田市 ⇒ 宇土市泊
 7月21日 宇土市 ⇒ 宇城市 ⇒ 八代市 ⇒ 水俣市 ⇒ 出水市泊
 7月22日 出水市 ⇒ 薩摩川内市 ⇒ 日置市 ⇒ 鹿児島市泊
 7月23日 鹿児島空港 ⇒ 羽田空港
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佐賀市にある世界遺産の「三重津海軍所跡」を見学しました。
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熊本県大牟田市にある
三井三池三井坑跡地に行ってきました。昭和の時代、300日にわたる「総資本」対「総労働」と呼ばれた大争議があった現場です。
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宇土市の向野田古墳から見つかった埋葬品が展示されている宇土市立図書館に行ってきました。
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この女王の石棺は卑弥呼よりも150年くらい後の時代であるが、以下の類似点があり、この時代の九州は「女王+シャーマニズム」の社会だったと想起されます。石棺の副葬品は貴重な銅鏡やイヤリング,鉄剣などデラックスで女王の力が大きかったことをうかがわせる。石棺の中は朱で装飾されていた。卑弥呼も朱を多用したとのこと。卑弥呼は未婚であるが、向野田は経産のようです。この時代の日本については、中国側に資料がなく、卑弥呼の後の日本はどのように進んだのか、出土品から推定するしかないですね。これだけの類似点があるので、邪馬台国はやっぱり九州にあったと思います。
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玄関の石造りのアーチは、中国湖北省の石工の人達が中国で記念品として造り、日本に送ってくれたとのことです。日中民間交流です。
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水俣病資料館に行きました。
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鹿児島近代文学館に行きました。
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林芙美子の展示ブースには1938年当時、彼女が従軍作家(ペン部隊)の一員として漢口陥落の2日後に、いち早く現地に乗り込み、新聞社に原稿を送っていたことがわかりました。 漢口陥落は1938年10月26日ですが、彼女は2日後の28日に漢口に入り、30日には写真の記事を毎日新聞に送っています。記事の見出しは、「美し街 堂々の皇軍」となっています。現在のコロナウイル禍が始まった武漢の街の今から82年前の状況です。
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鹿児島のホテルは繁華街として有名な「天文館地区」にありました。「鹿児島らしい夕食を食べたい」と、ホテルのフロントに尋ね、天文館のアーケードにある居酒屋を紹介してもらいました。
鹿児島の「さしみ醤油」は、甘口なんですね。 私の故郷の名古屋では「たまり」と称する濃い口の醤油がさしみに使われますが、鹿児島は甘口でした。カンパチのさしみと「さつま揚げ」を注文しました。
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