ソウル旅行(観光編)

「ソウル歴史博物館」に行ってきました。玄関前広場に市電が展示してありました。たまたま係員がいたので、車内に入り撮影させて貰いました。この車両は1930年頃の製造で1968年まで現役とのことです。制御器は「三菱電機製」でした。
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ソウルの戦争記念館に行ってきました。今まで20回以上来ていますが、展示内容が少しずつアップグレードしていますね。 変わらないのはB52です。 メーカーから米軍に最終納入されてから半世紀以上経過しているのに、今でも米軍には70機以上が現役登録されているとのことです。
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昨年オープンした「植民地歴史博物館」に行って来ました。立派な博物館ですが入場無料です。受付の女性に「入場料無しで続けていけるのか」と英語で質問したら、事務所から日本人職員を呼んでくれました。
今まで知らなかった内容の展示もあり、来たかいがありました。 ソウルを訪問したらオススメのスポットです。
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ソウル歴史博物館には、「朝鮮のジャンヌ・ダーク 柳寛順」が収監されていたときのカード(IDカード?)が展示されていました。
 《年齢の欄》を見たら面白いことがわかりました。生年月日は、 【光武6年12月17日生】となっていて、下に明治35年と追記してあります。調べたら、光武6年は1902年(=明治35年)です。 つまり1897年にスタートした李氏朝鮮最後の時代である大韓帝国は「光武」という元号を使っていたことがわかりました。このあと1907年からは、「隆熙」という最後の元号が使われたとのことです。
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ソウル市役所の隣にある「徳寿宮」に行ってきました。奥にある石造殿の前景の桜が満開で、良かったです。李氏朝鮮の王宮として1909年に完工しましたが、翌年には日韓併合があり、王宮とは言えなくなってしまいました。これ自体が芸術品と言っても良い美しい建物ですね。
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西大門刑務所跡に行ってきました。隣の広場で日本では見たことがない「カササギ(鵲)」を見かけましたので撮影しました。リンクしたWiKiによると、長距離飛行できないカササギが大陸/朝鮮半島から自力で日本にきたのではなく人為的に移入された説が有力とのことです。100年前の三・一運動で検挙された「朝鮮のジャンヌ・ダーク」柳寛順は1年後にここ西大門刑務所で獄死しました。 
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【伝統文化・芸術】の街、仁寺洞の近くで美しい姿の石造りの建物を見つけました。日本語や英語の説明もなく訪れる人も少なく、不思議な建物でした。ホテルに帰ってから、韓国人の知人に問い合わせたら李氏朝鮮時代最後の王族の住居だったとのことです。現在は徳誠女子大の所有で、観光資源としては売り出していない、とのことでした。
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ここ10年くらいで観光資源化してきたファッショナブルな街「街路樹通り」です。
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レンギョウと紫木蓮が同時に満開の光景に出会いました。冬の寒さが厳しいソウルでは4月になると急に春が来て、いろいろな花が一斉に咲きます。
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三・一独立運動で有名な《タプコル公園》の近くの鐘路を歩いていたら、歩道に老人たちの行列が見えました。日本でも韓国でも、このような【老人の行列ができる店】に出会ったことはありません。何が起こっているのかと、中をのぞいたら満席のテーブルで皆さん朝食を食べていました。

店の看板を撮影しましたので添付します。私の翻訳は以下です。
 *全国天使無料給食所
 *政府の支援無しで運用しています

日本でも「こども食堂」が急速に広まっていますが、韓国では老人無料給食運動が起こっているようです。
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全国天使無料給食所のホームページ(クリック)

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