上海観光 その2

上海影視楽園は、上海郊外にある映画・テレビドラマ撮影用のオープンセットとスタジオの観光向け施設です。20世紀初頭の上海の街並みのオープンセットです。
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上海市内は地下鉄をメインに使い、路線バスとMobike(レンタル自転車)で観光しました。
Mobikeには珍しい構成の自転車がありました。
 *ホイールはプラスチック製(FRP製?)の前後輪とも片持ち
 *チェーンケースは密閉式になっていて片持ちスイングアームを兼ねる
 *後輪ブレーキは、なんとディスクブレーキ

路面の細かい凹凸まで拾いやすく、ハンドルにショックが伝わってきます。プラスチックホイールで充実タイヤを使っているせいでしょうね。製造コストはどうなんでしょうかね。
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「上海紡績博物館」に行ってきました。紡績工場の跡地に作られたかなり大きな博物館です。展示説明によると、当時はこの付近には、日本資本、中華資本、イギリス資本のたくさんの紡績工場があったとのことです。 豊田佐吉が発明した「豊田式自動織機」は、これらの工場群にたくさん納入されたことでしょう。豊田自身も上海に紡績工場を持っていました。
展示のモニュメントとして、豊田式自動織機の部品を利用したオブジェが飾ってありました。豊田佐吉の息子の豊田喜一郎は、自動織機の改良に従事するとともに、自動車への夢を抱き、自動織機の売上と紡績工場から出る利益を自動車開発につぎ込みました。豊田紡績廠の説明が、以下のトヨタのホームページに記載されています。
https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/taking_on_the_automotive_business/chapter1/section2/item3_a.html?fbclid=IwAR3ZrdK1XELdsP7GSvCr0CD2rEGtZ_slvI7b9Kk9NVaLITVf8KD63GO7V-I
トヨタのホームページに豊田紡績廠の当時の役員名簿が記載されています。名簿のトップは社長の豊田佐吉で、名簿5番目に石黒昌明の名前が見られます。 この人は、ノーベル文学賞のカズオ・イシグロの祖父です。カズオ・イシグロの作品「わたしたちが孤児だったころ」は1937年の第二次上海事変を舞台にしています。カズオ・イシグロの父は1937年当時17歳くらいで、上海事変を現地で見聞しているはずです。カズオはその状況を父から聞いていて小説に反映したと推測します。
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豊田式自動織機が上海で好調なビジネスを展開していた1925年に「5・30事件」が発生しました。
発端は日本資本の「内外綿」という会社で願正紅という中国人の雇員を日本人社員が殺したことに対する抗議運動でした。組合員が殺害されたことに対する抗議デモが共同租界の「南京路」で行われたとき、イギリス警官が発砲し、13人が殺害されたときの写真が展示してありました(以下をクリック)。
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この発砲事件が起こった近くの、有名なクラシック・ビルディング(国際飯店)のはす向かいの広場には巨大なモニュメントがありました。
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「上海自然博物館」に行ってきました。 近年、リニューワルしたようで、かなり大規模な博物館です。 展示物も発掘された現物のみならず、複製品も多く、中には動くようにしてありました。中国の科学技術の発展が、このような所まで及んでいるのに驚きました(以下をクリックして参照)。
https://www.facebook.com/kazuo.ohashi.58/videos/1516838098451873/
70歳以上入場無料でした。老人に優しい中国を体験できました。
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中国煙草博物館に行ってきました。
タバコ会社(国営企業?)の大きなビルの半分が博物館になっています。
まず驚いたのは、大きな利益を出していることです、添付写真は納税額の推移です。嫌煙キャンペーンが広まってきたせいでしょうか、2014年から伸びが止まっていますが、それでも納税額が日本円換算で17兆円/年くらいで推移しています。日本のJTは年間売上げが2兆円くらいですから、タバコの税率が高いと言っても納税額は1兆円以下でしょう。 人口が大きい国とは、タバコからの税収も大きいということがよくわかりました。
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「嫌煙キャンペーン」と言いながらも、中国の偉人には愛煙家が多かったとの展示があり面白かったです。この博物館は誰でも入場無料です。
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スマホによるナビゲーション(百度地図)、路線バス/地下鉄、レンタル自転車を100%活用して上海観光しました。150回くらい中国を訪問していますが、5年前はこんなに便利に「ウォーカー」を楽しむことはできませんでした。
中国国歌「義勇軍行進曲」は1935年に弱冠23歳の聶耳(ニエ・アル)によって、映画の主題歌として作曲されました。当時、ニエ・アルが住んでいたアパートが現存していました。このアパートは准海中路1258にあり、今でも人が住んでいます。旧フランス租界にあり、ニエ・アルは同じアパートに住む外国人のピアノを使わせて貰い、作曲したとのことです。
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このアパートの500mくらい西に「聶耳音楽広場」があり、ニエ・アルの銅像がありました。
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「義勇軍行進曲」が映画の主題歌でした。 その映画「風雲児女」を今から84年前に封切上映した映画館(旧:金城戯院、現:黄浦劇場)は現存しています。玄関から入って吹抜けホールの中二階にニエ・アル関係の展示がありました。
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この映画には、当時は端役で、後に<黄金の喉を持つ>と言われた名歌手 周璇 が出演していると聞いていました。確かに出演していてスチール写真が展示されていました。
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上海で食べたB級グルメです。
<串串火鍋>

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「火鍋」は昔から有名でしたが『串串』は、10年ほど前に四川省成都で発生し、驚くべき拡散力で中国全土に普及し、日本にも進出しているビジネスモデルです。
注文は、鍋の味のベースとなる汁の種類、ビールなどの飲物、単価が高い羊肉のスライスなどです。あとは、串に刺した具をショーケースから勝手にピックアップします。
私は、鍋のベースの汁として『麻辣味』を注文し、一串一元の具をケースからピックアップしました(34串でした)。一串は一元(約16円)と安いですが、ベースの汁は58元(約1000円)で、中国としては高価に設定されています。
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紅焼牛肉麺は、「台湾式」が有名ですが、今日食べたのは中国式でした。日本では札幌ラーメンに代表される「多加水麺」の人気が高いです。中国では逆に「低加水麺」が主流です。日本式のラーメンは中国でも人気上昇中で上海市内でもたくさんの日本式ラーメン店を見かけます。
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